自分が対処すべき課題が潜んでいる「あの頃」の記憶。

 随分昔、私はバスガイドの研修を受けていた。新人でも案内できるコースをたどたどしくもさせてもらうのだけど、休憩時間には仲間と相談しあい、どんなことをお客さんと会話していこうか、など提案しあった。私にはこの頃のことがとても不思議で、相談しあった内容通りに実践しても、とても盛り上がる車内と、そうではない車内とに分かれるのだ。そして、私は常に後者側であり、いつも「はずれくじ」をひいてしまうような気持ちだった。言ってみれば「お客さん」側の方が問題なのか、相談しあった内容が問題だったのかという視点でしか見れなかったわけだ。しかし、そうではないと気付いたのは最近のこと。
 同じ内容のことを話しても、そこに提案者のハートがあるなら盛り上がるだろう。しかし、提案に乗っかっているだけの事をしても、誰もそこにハートを感じないに決まっていて、盛り上がるどころか、一気に冷え込んでしまう。年月とともに薄れていきそうなこんな記憶も、何故かいつまでも自分の課題として頭に残っている。きっと、私にはそういう経験が幾つも必要だったに違いない、と今になって悟るのである。
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